自粛議論のフェーズは変わった

新型コロナウイルス騒動において、
徹底自粛派と分離自粛派に分かれます。
これは、保守と呼ばれる人の間でも分かれ、
度々議論の話題となります。
私はこれまで、どちらが正しいかどうかは言及しませんでした。
それは、どちらが正しいか分からなかったからです。
しかし、もはやこの2つの議論するフェーズは変わったと考えます。
(今回比較するのは、
いわゆる保守派の徹底自粛と分離自粛の話です。)

徹底自粛と分離自粛

まず、徹底自粛派の論調としては、
政府が十分な補償をすることで徹底自粛を行うです。
他方、分離自粛派は政府は金を出さないから、
そんなことは行えないという考えです。
徹底自粛派は
「政府の緊縮財政で人が死ぬのは今に始まったことではない。
それが、経済的な死者が増えるからと言って、
言論を変えることはおかしい」
と批判しました。
実は、私自身、この論調は正しいと考えていました。
なぜなら、徹底自粛派の方が筋が通っていると感じたからです。

徹底自粛派の間違い

あれから1年

しかし、コロナ騒動から1年が経ち、
徹底自粛派の矛盾があらわになってきました。
自粛法については議論となるとしても、
どちらも「国民を守る」という考えが根底にあるはずです。
そう考えた時、現状の日本で、
徹底自粛はもう叫べなくなるはずです。

命と経済

日本政府が補償無き自粛を繰り返した結果、
日本のGDPは大きく下がりました。
製造業の倒産は激しく供給能力は下がり、
軍事技術の金目となっていた東芝が、
海外企業に買収されるといった話も出ています。
このまま、徹底自粛派が補償を訴えたところで、
壊れた供給能力は簡単には取り戻せません。
このままでは、他国に簡単に侵略される状況となります。
こんなかんじで、このままの状況を放置すれば、
結果、より多くの人の命が奪われることとなります。
徹底自粛派は
「経済を守ることが軍事的にも重要だ」
と言っていたことを考慮するなら、
軍事的な危機が出た状況で、
いまだに自粛というのは聊か矛盾しています。

外圧

そんな日本は現在、アメリカからの外圧で、
緊縮財政を転換するチャンスが来ています。
なるほど、こうなれば、
徹底自粛徹底補償ができるかもしれません。
しかし、徹底自粛派はTPPの時などに、
外圧に頼るなど恥であると主張しました。
であるなら、緊縮財政の転換に関しても、
外圧である以上恥であると主張するはずです。
彼らがどう主張するかは知りませんが、
日本が外圧で変わった情けない国であることは間違いありません。

新型コロナについて

新型コロナ騒動から1年以上が過ぎ、
当初の予想程、強いウイルスではないことが分かりました。
無論、まだ油断するわけにはいきません。
そんな今、騒動初期と同様の徹底自粛を主張すべきなのでしょうか?
私自身は、完璧な補償があるのなら、
然るべきタイミングで、
ロックダウンをするべきであると考えます。
でも、そうすべき現状状況なのは、
医療崩壊している大阪くらいです。
ですが、その大阪にしても、
医療崩壊の原因は知事が無能で病床を減らした結果だし、
実効再生産数がピークアウトしている状況を考えると、
むしろ、医療体制を整えることの方が急務だと考えます。
つまり、今の新型コロナの感染状況を考えるに、
当初の程、自粛を強く主張する必要が無くなったのです。
無論、変異により強毒化する恐れもあり、
気が抜けないのも事実ですが、
自粛しても変異を抑えることはできません。

結論

政府の補償無き自粛の結果、隣の国からの脅威が強まりました。
騒動の初期段階では、自粛することが
「欲しがりません勝つまでは」
でしたが、
今では、コロナにかかってでも経済を回すことが
「欲しがりません勝つまでは」
に変ったのです。
無論、私はそんな全体主義的なことを言う気はありませんが。

最後に

今はこの意見が一番正しいと思っています。
しかし、状況が変われば意見は変わります。
答えの分からないことを議論している以上、
意見が変わることは恥ではないと考えています。

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