企業型社会主義

最近、不思議に思うことがあります。カーシェアリングの様な社会主義的なサービスは人々の間で受け入れられています。その一方、国家の権力に関しては否定的で、反社会主義的な考えもあります。国のサービスを民営化すればいいという考えが、これに当たります。面白いことに、この二つの考えを持つ人は同じ人が多いということです。社会主義的なサービスは受け入れるけれど、国家を否定するという矛盾した考えはなぜ生まれたのでしょう?

国家権力とグローバリスト

国家の権力を否定している人は、総じてグローバル思考です。そんな人があてにしているものは、企業のプラットホームです。企業のプラットホームを使えば、国家などいらないのだと考えています。この考えを共感している人も多くいます。ですが、この考えは非常に危険な考えなのです。

企業と国家

国家に権力が集中していた社会主義では、一部の特権階級と庶民との間に非常に大きな格差が生じました。現在はプラットホームを握っている企業に、多くの富が集中しています。つまり、今の状況は権力が国家から企業に変った社会主義なのです。そう考えた時、初めの話に関して何の矛盾もないこととなります。企業の権力を大きくして、企業を中心とした社会主義を求めているのなら、シェアリングエコノミーといった社会主義的サービスを受け入れるは当然でしょう。

結論

企業が権力を持つ社会主義を企業型社会主義と名付けます。
国家は利益を追求する経済主体ではありません。国民が安心、安全に暮らしていくことを目的としています。一方、企業は利益を追求します。利益のためなら国民の暮らしが悪くなろうと知ったことではありません。国家を中心とした社会主義と企業型社会主義ならどちらがましか、考えればわかるはずです。
ちなみに、私は社会主義者ではありません。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする