政治の話はするな

「政治の話は友人でも家族でもしてはいけない」
日本人にとってはこれが常識です。
今回は、この常識を疑ってみます。

喧嘩になる

政治の話をしてはいけない理由は、
喧嘩やもめごとの原因になるからです。
私も子供の頃にそう教えられ、
長い間それが正しいと思っていました。
しかし、本当にそうなのでしょうか?
日本の投票率を考えてください。
政治に関心のある人は少ないのです。
なので、喧嘩になることなどそうそうありません。
それに、政治の話をタブー視する国が、
本当に民主主義国家と言えるのでしょうか?

議論ができない日本人

政治の話をしたら、相手と違う考えたということもあります。
であるなら、お互いに考えを言い、議論すればいいのです。
相手の意見を尊重すれば、喧嘩になどなりません。
ですが、日本人は非常に議論が苦手です。
論破や論破する人が人気なのもそれが理由です。
議論が苦手だから、議論を避けようとする。
しかし、議論は民主主義にとって必要不可欠な要素です。

政治は宗教ではない

政治というのは是々非々で判断するものです。
支持する政党と考えが全く同じということもなく、
全ての考えが同じ政治家というのも存在しません。
また、状況に応じて正解も変りますし、
正解と思われていたものが、
不正解だったということもあります。
政治というものは柔軟に考えなくてはならないのです。
しかし、日本人は政治を是々非々で判断しません。
支持する政党や政治家がやることは手放しで礼賛します。
安倍元首相にも熱狂的な支持者が多く、
彼らは安倍元首相を批判することはしませんでした。
ここまでくるともはや宗教です。
確かに、宗教は経典には一切の誤謬が無いと考えます。
そのため、友人間での宗教の話は確かにタブーです。
政治が宗教化した日本では、
政治の話をしたがらないのはある種自然な流れでしょう。
しかし、政治は宗教ではありません。
日本人の政治に対する向き合い方に問題があるのです。

結論

政治の話をしてはいけないという教えの下、
今の政治の状況があるのです。
政治の事を教えてくれる大人がいない状況で、
子供は政治に興味を持つでしょうか?
他人と政治の話をしない状況で、
是々非々で政治を判断できるのでしょうか?
やはり、この常識は間違えた常識であり、
日本の悪習であると考えます。

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