れいわ新撰組と重度障がい者

とあるれいわ信者が、渡辺哲也氏の
「重度障がい者を国会に送ることはなめた行動だ」
とのいった旨の発言は差別だと発信していました。
この渡辺氏の発言は、本当に差別なのでしょうか?
ちなみに私は渡辺氏は嫌いです。

国会議員はなぜ差別

身体障がい者が肉体労働を行うことに対し、
無理だと発言したことで、
差別という人は居ないでしょう。
パイロットは、
目が良くないとなれないことに対し、
差別という人間はいません。
ではなぜ、重度障がい者が、
国会議員になることは困難だ、
といった発言は差別になるのでしょう?
結局、耳障りが良い事を言って、
気持ちよくなりたいだけなのです。

本当の平等

彼は、重度障がい者が国会議員になるのは困難だ、
と発言することが差別と言っています。
であるなら、障がい者年金や、
障がい者雇用安定助成金などに対し、
差別であると発言しているのでしょうか?
もしそうなら、彼の発言は重みをもちます。
ですが、おそらくそうではないでしょう。
本当の平等を訴えるのであれば、
優遇措置に対しても反対しなくてはなりません。
彼は、結局少し経済を知って、
頭が良くなったと勘違いしている人間でしかないのです。

パラリンピック

「パラリンピックの様に、
障がい者でも活躍できるようにしなくてはならない」
といった発言をドヤ顔で語っていました。
彼は気付いているのでしょうか?
彼自身が障がい者は、
健常者と違うと発言したことを。
パラリンピックがあるということは、
障がい者と健常者は同じフィールドで戦えない、
と言っているのと同義だからです。
自己矛盾する発言をドヤ顔でできるあたり、
彼には言論のセンスなど皆無です。

多少の理

彼の発言で理があると感じたことは、
先ほどのパラリンピックの発言の後半です。
確かに、重度紹がい者であっても、
国会議員になれるよう整備することは必要です。
そこは彼と同意見です。
しかし、整備をしたところで、
有事の際の意思決定など考えれば、
やはり困難なことは変わりないでしょう。

結論

こういった話はこれからも議論が必要です。
ですが、議論するためには、
無理なものは無理だと発言し、
問題点をあぶり出す必要があります。
また、渡辺氏の発言は、
誤解を生じる表現を使ったのも事実です。
こういった問題は、単に差別だと騒いでも、
解決しないものなのです。

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